最近ちまたで話題沸騰の立体映画(3D映画)!

立体映画(3D映画)を観よう!

立体映画(3D映画)について

立体映画(3D映画)について

現在、次々と新作立体映画が上映され、立体映画(3D映画)がキテますよね。そもそも、立体映画(3D映画)とは立体的に表示される映画のことで、近年は3-D filmとも呼ばれています。雑誌「日経トレンディ」が選ぶ、「2010ヒット商品ベスト30」に「3D映画」が2位に選出されたことからも、その勢いが伝わってきますよね。

立体映画(3D映画)の仕組み

立体映画(3D映画)の仕組みとしては、左眼用と右眼用の映像を同時に撮影したものなどを、スクリーンに映写機で投影し、専用の眼鏡を観客がかけることにより、左眼には左眼用の映像のみを、右眼には右眼用の映像のみを観客に見せることで立体視を実現しています。立体映画の方式には様々なものが存在しています。

立体写真と立体映画

ちなみに専用眼鏡「Stereoscopy」などを用いた立体写真は、19世紀前半にはすでにあったのです。このため、19世紀末に発明された映画においても、映画史のごく初期から立体映画が撮影・上映されてきました。

デジタル上映による立体映画(3D映画)の始まり

デジタル上映による立体映画(3D映画)の始まりは2005年に上映された「チキン・リトル」です。それ以降、ハリウッドで多数の立体映画(3D映画)が製作されるようになりました。また、ヒットシリーズの最新作を3D映画で製作したり、過去の映画のリメイクを立体映画(3D映画)で製作したり、過去のヒット映画を2D-3D変換した3D映画版を劇場公開したりなど、製作本数・興行成績などで立体映画(3D映画)の存在感が増しています。

立体映画(3D映画)普及のきっかけ

この立体映画(3D映画)普及の背景には、近年テレビやDVDなどに押され気味の映画館の収益アップと、盗撮による海賊版への対策を図る狙いもあります。また立体映画(3D映画)の上映にはDLPなどのデジタル映写機の方が適しているため、デジタルシネマの普及促進も期待されています。

日本における立体映画(3D映画)普及

一方、日本映画の立体映画(3D映画)作品は、2011年公開作品の殆どで上映スクリーン・興行収入共に2D版が3D版を上回っていました。これらの事情に加えて、制作費が高騰になる事もあり、現在では邦画全体で立体映画(3D映画)の制作が減少したりと事実上の撤退が相次いでいるといえます。

過去の立体映画(3D映画)ブーム

(1)第一次立体映画(3D映画)ブーム

立体映画(3D映画)のブームというのは、これまでにも何度も起きていますが、いずれも2~4年ほどで鎮静化してしまいました。例えばアメリカでは、1950年ごろから急速に家庭にテレビが普及し、それに反比例するように映画館への入場者は減っていきました。ハリウッドのスタジオはこの状況に危機感を感じ、対抗策の1つとして立体映画(3D映画)が生まれました。これは観客の減少に歯止めを掛けるための処置という点では、今回の第3次ブームと同様のアイデアといえます。そして、1953年には「恐怖の街」「肉の蝋人形」「タイコンデロガの砦」「フェザー河の襲撃」「第二の機会」「ホンドー」など、世界中で長編35本・短編51本。54年は「謎のモルグ街」「フランス航路」など、長編22本・短編5本の立体映画(3D映画)が制作されました。しかし、55年になると長編3本・短編1本と一気に減少し、ブームは急速に終焉を向かえてしまいました。

第一次立体映画(3D映画)ブーム衰退の原因

失敗の原因として考えられるのは、「やたらとカメラに向って棒を突き出す、石を投げつけるといった、立体感を強調する演出が陳腐」「立体効果に頼って、ストーリーがおろそかになっている作品が多い」「作品の内容上、立体効果に必要性がなく、むしろ作品鑑賞の邪魔になる」といった内容的な問題と、「長時間の立体視が疲労をもたらす」「眼鏡が煩わしい」などといったシステム上の問題がありました。また、使い回しの立体眼鏡でトラコーマが伝るという噂が流れたり、メキシコ政府が健康上の理由で上映を禁止させたりということも影響したといえます。

ワイドスクリーンと立体映画(3D映画)

そして当時の興行界の状況を調べてみると、もう1つの立体映画(3D映画)ブーム衰退の大きな理由がみえてきます。それは、シネラマ(1952年)、シネマスコープ(53年)、ビスタビジョン(54年)などといったワイドスクリーンの存在です。ワイドスクリーン自体は、1920年代に一度各映画会社が取り組んだものの、定着することはありませんでした。しかし、立体映画(3D映画)に注目が集まったのと同じ理由で復活したのです。当時の興行界は、ワイドスクリーンのことを「眼鏡無し立体映画」とか「パノラマ式立体映画」などと呼んで、「ステレオ式立体映画(本当の3D映像)」と比較していました。ワイドスクリーンと3Dの開発に二重投資を強いられる映画会社や劇場は、どちらか一方を選択する必要に迫られ、結果として立体映画(3D映画)は競争に負けてしまったのです。

(2)第二次立体映画(3D映画)ブーム

その後、立体映画(3D映画)は、小さな流行が何度か起きますが、さほど大きな潮流になることはありませんでした。そして80年代に入ると、米国の家庭にケーブルテレビが普及し始めます。そして、一気に増えた放送時間とチャンネルを埋めるために、古い映画がどんどん放送されていきました。その中で、80年にロサンゼルスのSelecTVというケーブル局が、「雨に濡れた欲情」(1953年)という立体映画(3D映画)を、視聴者に赤青眼鏡を配布してアナグリフで放送しました。するとこれが話題になり、次々と古い立体映画(3D映画)が放送されました。こういった流行にハリウッドは新たな可能性を感じ、1981~1984年にかけて新作の立体映画(3D映画)を立て続けに制作していきました。しかし、「13日の金曜日 Part3」(82年)や「超立体映画 ジョーズ3」(83年)のように気の抜けた「Part3」だったり、「悪魔の寄生虫・パラサイト」(82年)や「メタルストーム」(83年)といった中身の薄い低予算映画ばかりで、結局自滅する形で第二次ブームも終焉を迎えました。

ハリウッドにおける立体映画(3D映画)

ハリウッドは「今回のブームは過去の流行とは異なるものだ。失敗は繰り返さない」と自信を持っています。その背景には、いくつかの新技術の登場があります。まず、映画の内容的な問題に関しては、すでに名作として広く認められている作品を、2D→3D変換処理で立体化してしまうという手法で対応しています。これならば作品の品質は保証されている上、コンテンツとしての知名度も高いからです。そして実際に、93年の人形アニメーション作品「ティム・バートンのナイトメアー・ビフォア・クリスマス」が、ILMが手掛けた2D→3D変換処理によって立体化され、06年と07年に再公開されました。ドキュメンタリー作品では、ライオンの生態を記録した「カラハリのライオン」という映画が作られました。この作品は、03年に2Dの大型フィルム映像作品として公開されていたものですが、これをナショナル・ジオグラフィック社が買い上げ、サスーン・フィルム・デザイン社が2D→3D変換作業を行い、IMAX(R) 3D館とデジタル劇場向けに立体映画として再配給しました。

3D変換と立体映画(3D映画)

ピクサー・アニメーション・スタジオにおいて「トイ・ストーリー3D」(2010年全米公開)に先立って、「トイ・ストーリー」(09年10月全米公開)と「トイ・ストーリー2」(10年2月全米公開)の2D→3D変換バージョンが公開されました。これらの作品に続き、ルーカスフィルムによる「スター・ウォーズ」シリーズ全作品の3D変換計画も話題です。エピソード4・5・6・1・2・3という順で、毎年1作ずつ再公開するというものですが、この3D変換を担当しているのは、米In-Three社で、この技術にDimensionalization(TM)という名称を与えています。同社はこれまで具体的な技法を秘密にしていましたが、07年10月に韓国・釜山で開催されたBIFCOM2007において、Real D(TM)方式で世界初上映しました。その内容は、詳細なメイキング映像と「スター・ウォーズ エピソード4」および「同3」のテスト映像でしたが、その出来は極めて自然で、最初から立体映画として制作されたものと変わりが無く、反響を呼びました。

第三次立体映画(3D映画)の今後

過去の立体映画(3D映画)は、一般の映画館向けへの安定した普及には至りませんでした。現在の第三次立体映画(3D映画)ブームともいえる動きも、過去の失敗の経験から問題点を洗い出し、これを解決しない限り、またしても一時的な流行に終わってしまう可能性があります。ですが、逆にいうと、過去の立体映画(3D映画)の失敗をふまえて問題点を解決さえすれば、一時的なブームではなく、末永く愛される素晴らしい立体映画(3D映画)も多数上映されることになります。これは映画ファンにとって大変嬉しい状況になるのではないでしょうか。

Copyright (C) 2012 resfest.jp All Rights Reserved.
映画フェスティバル